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2009年10月16日 23:55:42
2009年11月8日 00:15:58
2010年02月5日 06:25:00
2009年12月5日 09:21:08
2010年01月12日 12:51:06

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カントと現代の科学 - 戸坂 潤
  • ...かる意味に於て空間はアプリオリな必然的表象であるという。吾々はかかるアプリオリをアプリオリの概念の心理発生的解釈と呼ぶ。併しこのアプリオリテートを個々の対象が互いに順序づけられて現われる方即ち視覚の optische Lokalisation と考えるならばヘルムホルツがカントを攻撃したようにかかるアプリオリテートは明らかに否定されねばならぬ。吾々の今アプリオリテートと呼ぶものは之とは異って一般に感性的知覚は空間的な形式をとるという意識の性質、即ち空間表象は始めから与えられた不変な意識内容を表わすということでなければならぬ。併しカントのアプリオリは単に之だけでは尽されない。寧ろ多くのカント学徒...
技術的精神とは何か - 戸坂 潤
  • ...、それは合理主義的なアプリオリや生得観念の内にあるのではなくて、この歴史的経過の構造秩序から取り出されたものの内にこそなければならぬ筈だ。でこうした意義に於ける歴史的精神、之が科学的精神であると、一応云っておいていいだろう。小倉金之助博士は、実証的精神と歴史的精神とを以て、科学的精神の説明を試みたように記憶する。だが二つはただ併立させられただけでは恐らくお互いに満足しないだろう。  処で科学的精神を現在の問題として具体的に考察しようとすると、現代に於ける反科学的精神、非科学的精神の側から、まず見てかからなければならぬ。時局の問題として、問題はそういう次第で提出されているからだ。私はこの側面に...
娯楽論 民衆と娯楽・その積極性と社会性・ - 戸坂 潤
  • ...ば超歴史的なモラルのアプリオリのようにさえ見える。つまり幸福というものは人生の一つの要請であって、それを想定しなければ話しにならぬが、そうかと云ってそれを想定したからと云って話しが実際に片づくものでもないのである。だから実際幸福という観念は往々にしてロマン派的なものであったり(メーテルリンクの『青い鳥』)象徴派的なものであったりする(A・ジードの『エル・ハジ』の如き)のだ。それが多少理論的な形をとると、理想主義的なものであったり観念論的・精神主義的・乃至神学的・なものであったり、そうでなくても高々精神医学的な処方や説教に類似している他ない。ヒルティの『幸福論』などがこうした最後のものの典型であ...
文学の本質について(一) - 平林 初之輔
  • ...不可思議な霊域としてアプリオリに設定されてゐるのである。そして、一番いけないのは、この態度を当然であると是認し、公言さへもしてゐることである。  昔の化学者は、火といふものゝ本質を設定し、これをフロジストンと命名した。火を生ぜしめるものはフロジストンの作用であると信ずることによりて満足してゐた。ところが酸素の発見によりて、火は、可燃物質に一定の熱と酸素とを加へることによりて生ずるといふことが明らかにされた。フロジストンといふ神秘的存在が、酸素といふ、具体的な、大気の中にも水の中にも含まれてゐる元素として正体を暴露して来た。これと同じことは、生命の問題に関する旧生物学者の態度の中にも見られる。...
文学の本質について(二) - 平林 初之輔
  • ...ひとへに、氏が文芸のアプリオリに執着せられるところに胚胎する。勿論私とても、「文芸はたしかに道徳でも宗教でもない」ことには異存はない。又それを単なる心理現象とも社会現象ともことなつたものであると認めることにも異存はない。問題は、土田氏がこれ等のものゝ外に文学の本質を想像せらるゝ、若しくは想像しようと努力せらるゝに反し、私は、それ等のものゝ結合に文学の本質を見る点である。人間はたしかに頭でも手でも足でも胴体でもない。しかし、人間はそれ等のものゝ外にあるのではなくて、それ等のものゝ一定の結合を人間と呼ぶのである。  併しながら、聡明なる土田氏は、文芸のもつ社会性を看却せられない。氏によれば、文芸...


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