エスプリ

 

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「エスプリ」を含むウィキ

2009年11月15日 19:10:14
2009年11月16日 02:50:49
2009年12月5日 19:34:58
2009年12月4日 17:40:56
2009年12月4日 18:15:57

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「エスプリ」を含む小説

かれいの贈物 - 九鬼 周造
  • ...オメトリー)の精神(エスプリ)」だけではわからないことが多い。bとb′ との相違を見わける「尖鋭(フィネス)の精神(エスプリ)」がどうしても必要だ。偶然などという奴は「尖鋭の精神」の権化みたようなもので、よっぽど精神をほそくとんがらかさないでは捉えにくい代物だ。人間と人間との間の誤解というようなこともほんのちょっとしたことから起るものだ。  山崎にも感想を書いて送ろうかとしたが、それほどのことでもないと考えてやめてしまった。そしてその日から村上は毎朝、毎朝、朝食には山崎より貰った若狭の笹がれいを欠かさずに食べた。主人がよくも飽きないものだと台所で女中たちがささやき合った。 底本...
芸術座の『軍人礼讃』 - 岸田 国士
  • ...思はれるやうな一種のエスプリイを持つた人のやうに思はれた。口だけでものを云つてゐないで、すばらしい瞼の働きを持つてゐる。腰のすわり方も一きは目立つてゐる。  それならばブリュンチュリイの役を演じた汐見洋氏はから駄目かと云へば決してさうではない。最も複雑な表現を要するこの役をともかくも大きな破綻なくしおうせたことは手柄である。最初の幕は非常に六ヶ敷くもあるが、未だ渾然とした表現に達してゐない。これに反して第三幕目はゆとりのある確かな演出を見せた。たゞ此の人は人並以上の頭を持つてゐるのであるが、少くとも「俳優並」の技芸的訓練を積んでほしい。殊に発音と姿勢には徹底的の工夫をすべきである。  ライ...
ジヨルジュ・クウルトリイヌに就いて - 岸田 国士
  • ...ゴオル人らしい機智(エスプリ)と、|寛大さ(ジエネロヂテ)を以て傍観し、いくらかのペシミスムと、あり余る皮肉とを、洒脱なファンテヂイに託して、冷たい花びらの如く、人の頭上に振りまくのである。  彼の数多い作品中には、相当「一夜漬け」があるにはあるが、此処に掲げた二篇のみ、前掲、「ブウブウロシュ」「真面目な花客」「殴られる心配」等は傑作の部に属すべきであらう。  彼は、その旧友や後輩たちが、続々アカデミイ入りをするのを平気で眺めてゐる。そして、彼にも、亦、その花々しい経歴を背負つて、立候補すべきを勧めるものがあると、彼は笑つて、「競争者がなければ……」と答へてゐるさうである。 ...
ヒウザン会とパンの会 - 高村 光太郎
  • ...はそうしたヌウボオ エスプリの現われであって、石井柏亭等同人の美術雑誌「方寸」の連中を中心とし北原白秋、木下杢太郎、長田秀雄、吉井勇、それから私など集ってはよく飲んだものである。  別に会の綱領などと言うものがあるわけではなく、集ると飲んで虹のような気焔(きえん)を挙げたのであるが、その中に自然と新しい空気を醸成し、上田敏氏など有力な同情者の一人であった。  パンの会の会場で最も頻繁に使用されたのは、当時、小伝馬町の裏にあった三州屋と言う西洋料理屋で、その他、永代橋の「都川」、鎧橋傍(よろいばしわき)の「鴻の巣」、雷門の「よか楼」などにもよく集ったものである。  三州屋の集りの時は芳町の...
小説家の俳句 俳人としての芥川竜之介と室生犀星 - 萩原 朔太郎
  • ...の美術品で、真の詩がエスプリすべき生活的情感の生々しい熱意を欠いてる。つまり言へば彼の詩文学は、生活がなくて趣味だけがあり、感情がなくて才気だけがあり、ポエヂイがなくて知性だけがあるやうな文学なのだ。そしてかかる文学的性格者は、本質的に詩人たることが不可能である。詩人的性格とは、常に「燃焼する」ところのものであり、高度の文化的教養の中にあつても、本質には自然人的な野生や素朴をもつものなのに、芥川氏の性格中には、その燃焼性や素朴性が殆んど全くなかつたからだ。そこで彼が自ら「詩人」と称したことは、知性人のインテリゼンスに於てのみ、詩人の高邁な幻影を見たからだつた。それは必ずしも彼の錯覚ではなかつた...


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