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2010年01月8日 11:11:01
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鴉片 - 芥川 竜之介
  • ...めるとすれば、それは人気のない墓地の隅に寺男か何かの掃き集めた樒(しきみ)の葉を焚いてゐる匂であらう。従つて鴉片の煙の匂は清朝の支那人は暫く問はず、僕等現代の日本人にも墓、――死人、――死などと云ふ聯想を伴ひ易いものである。が、それ等の聯想は必しもあの「悪の華」の色彩を帯びてゐるとは限つてゐない。僕はこの文章を草しながら、寧ろいつか読んだことのある青々(せいせい)の発句を思ひ出してゐる。―― 初冬や谷中(やなか)あたりの墓の菊 底本:「芥川龍之介全集 第十三巻」岩波書店    1996(平成8)年11月8日発行 入力:もりみつじゅんじ 校正:林 幸雄 2002年...
或阿呆の一生 - 芥川 竜之介
  • ...  二台の人力車は人気のない曇天の田舎道を走つて行つた。その道の海に向つてゐることは潮風の来るのでも明らかだつた。後の人力車に乗つてゐた彼は少しもこのランデ・ブウに興味のないことを怪みながら、彼自身をここへ導いたものの何であるかを考へてゐた。それは決して恋愛ではなかつた。若(も)し恋愛でないとすれば、――彼はこの答を避ける為に「兎(と)に角(かく)我等は対等だ」と考へない訣(わけ)には行かなかつた。  前の人力車に乗つてゐるのは或狂人の娘だつた。のみならず彼女の妹は嫉妬の為に自殺してゐた。 「もうどうにも仕かたはない。」  彼はもうこの狂人の娘に、――動物的本能ばかり強い彼女に或憎悪を...
海のほとり - 芥川 竜之介
  • ...にかもう風の落ちた、人気(ひとけ)のない渚(なぎさ)を歩いていた。あたりは広い砂の上にまだ千鳥(ちどり)の足跡(あしあと)さえかすかに見えるほど明るかった。しかし海だけは見渡す限り、はるかに弧(こ)を描(えが)いた浪打ち際に一すじの水沫(みなわ)を残したまま、一面に黒ぐろと暮れかかっていた。 「じや失敬。」 「さようなら。」  HやNさんに別れた後(のち)、僕等は格別急ぎもせず、冷びえした渚を引き返した。渚には打ち寄せる浪の音のほかに時々澄み渡った蜩(ひぐらし)の声も僕等の耳へ伝わって来た。それは少くとも三町は離れた松林に鳴いている蜩だった。 「おい、M!」  僕はいつかMより五六歩...
お富の貞操 - 芥川 竜之介
  • ...さ」の空気の漂つた、人気のない家の台所に短銃をいぢつてゐる一人の乞食――それは確に小説じみた、物珍らしい光景に違ひなかつた。しかし薄眼になつた猫はやはり背中を円(まる)くした儘、一切の秘密を知つてゐるやうに、冷然と坐つてゐるばかりだつた。 「明日になるとな、三毛公、この界隈(かいわい)へも雨のやうに鉄砲の玉が降つて来るぞ。そいつに中(あた)ると死んじまふから、明日はどんな騒ぎがあつても、一日縁の下に隠れてゐろよ。……」  乞食は短銃を検(しら)べながら、時々猫に話しかけた。 「お前とも永い御馴染(おなじみ)だな。が、今日が御別れだぞ。明日はお前にも大厄日だ。おれも明日は死ぬかも知れない。...
開化の良人 - 芥川 竜之介
  • ...いた。だから今、この人気(ひとけ)の少い陳列室で、硝子戸棚の中にある当時の版画に囲まれながら、こう云う子爵の言(ことば)を耳にするのは、元より当然すぎるほど、ふさわしく思われる事であった。が、一方ではまたその当然すぎる事が、多少の反撥(はんぱつ)を心に与えたので、私は子爵の言(ことば)が終ると共に、話題を当時から引離して、一般的な浮世絵の発達へ運ぼうと思っていた。しかし本多子爵は更に杖の銀の握りで、芳年の浮世絵を一(ひと)つ一(ひと)つさし示しながら、相不変(あいかわらず)低い声で、 「殊に私(わたし)などはこう云う版画を眺めていると、三四十年|前(まえ)のあの時代が、まだ昨日(きのう)のよ...


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