土佐日記

 

土佐日記 ( とさにっき )     土佐日記についてまとめて読む

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2009年11月11日 21:41:41
2009年12月23日 01:05:00
2009年11月12日 17:56:03
2009年10月21日 22:06:28
2009年10月24日 20:46:11

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「土佐日記」を含む小説

鴎外の思い出 - 小金井 喜美子
  • ...れぐさばっすい)』『土佐日記』『竹取物語』などで、きっと教科書用に拵(こしら)えたのでしょう、誰にでもやさしく読める本でした。学校も始めはお茶(ちゃ)の水(みず)でしたが、上野(うえの)になり、一(ひと)ッ橋(ばし)に移って行き、その間に校長も先生もたびたび代ります。平田|盛胤(もりたね)という若い国語の先生が見えました。平田|篤胤(あつたね)の御子孫だそうで、尤(もっと)も御養子とのことでした。『土佐日記』の一節を一わたり講義なすって、「不審のある方は手を挙げて」とおっしゃると、幾人もいない生徒のあちこちから手があがります。注釈本でも見たら一目で解るものをと思いますのに。  同級に土佐出身...
海神に祈る - 田中 貢太郎
  • ...た室戸港と云うのは、土佐日記に、「十二日、雨ふらず(略)奈良志津(ならしず)より室戸につきぬ」と在る処(ところ)で、紀貫之(きのつらゆき)が十日あまりも舟がかりした港であるが、後にそれが室戸港の名で呼ばれ、今では津呂港(つろこう)の名で呼ばれている。兼山が其の室戸港を開修した時には、権兵衛は兼山の部下として兼山に代って其の工事監督をしていた。此の権兵衛は、土佐郡(とさぐん)布師田(ぬのしだ)の生れで、もと兼山の小姓であったが、兼山が藩のために各地に土木事業を興して、不毛の地を開墾したり疏水(そすい)を通じたりする時には、いつも其の傍にいたので、しぜんと其の技術を習得したものであった。  権兵...
平安朝時代の漢文学 - 内藤 湖南
  • ...貫之が之を眞似てから土佐日記等の國文日記が現れた。又紀貫之の古今集序は元と其の姪淑望が漢文で書いたのを貫之が國文に直したものが國文の初めとなつたのである。斯く國文は漢文の趣向から發達して來たものであるが、此れ等は何人も知つて居る所であるから今は略してもつと外の事を述べて見よう。又國語に關することであるが、日本の五十音は梵語學の影響を受けて發達して來たものであつて、弘法大師よりは後に出來たものである。吉備大臣の作つたものとする説があるけれども、其の頃、日本で梵語を知つて居る筈は無いから其の説は誤りである。一體支那の音韻學も、日本の語學も、梵語學から影響を受けた事が頗る大であつて、支那では字母の事...
四国遍路日記 - 種田 山頭火
  • ...け功徳も少なかった、土佐日記那波の泊の史蹟である。 奈半利川を渡ると田野町、浜口雄幸先生の邸宅があると標札が出ている、それから安田町、神の峯遥拝、恥じないではいられない、大山岬、狭いけれどよい風光である、澄太君を考えたのは自然であろう。 四時頃、都合よく伊尾木で宿につけた、同宿は同行一人、おばさんはよい人柄である、風呂も沸かしてもらえた、今日こそはアルコールなし、宿に米一升渡して、不足十二銭払ったら、剰すところ銭九銭米二合だけなり。 今日の功徳は米六合と銭六銭だった、よく食べよく寝た、終夜水声。 同行さんから、餅やら蜜柑やらお菜やら頂戴した、感謝々々。 (十一月八日) 木の...
土佐日記 - 紀 貫之
  • 土佐日記 紀貫之 男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。それの年(承平四年)のしはすの二十日あまり一日の、戌の時に門出す。そのよしいさゝかものにかきつく。ある人縣の四年五年はてゝ例のことゞも皆しをへて、解由など取りて住むたちより出でゝ船に乘るべき所へわたる。かれこれ知る知らぬおくりす。年ごろよく具しつる人々(共イ)なむわかれ難く思ひてその日頻にとかくしつゝのゝしるうちに夜更けぬ。 廿二日(にイ有)、和泉の國までとたひらかにねがひたつ。藤原の言實船路なれど馬の餞す。上中下ながら醉ひ過ぎていと怪しくしほ海のほとりにてあざれあへり。 廿三日、八木の康教といふ人あり。こ


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