延喜式

 

延喜式 ( えんぎしき )     延喜式についてまとめて読む

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2009年12月29日 21:41:08
  • 西寒多神社 - 風来坊ワルえもんの御朱印館 - 西寒多神社 記事1を表示記事1を非表示 2009-12-29 21:41 記事の概要:
    西寒多神社#ref error : ファイルが見つかりません (05.JPG)大分県大分市に鎮座する西寒多神社の御朱印です。豊後国一の宮です。★社格 延喜式内社・国幣中社・別表神社★主祭神 西寒
2010年02月1日 22:51:03
2010年02月4日 16:12:58
  • 桃の禊 - スパイラル・神晃講NET - 桃の禊 記事3を表示記事3を非表示 2010-02-04 16:12 記事の概要:
    の第三殿・第四殿の二神は、宝亀九年(七七八)春日大社から迎えて配祀せられた。神階は次第に昇り、貞観元年(八五九)には正一位に叙せられ、『延喜式』には名神大社に列した。古く
2010年01月14日 00:20:01

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呪詞及び祝詞 - 折口 信夫
  • ...折口信夫 延喜式の祝詞を、世間では、非常に古いものだと考へて居る。或は、高天原から持ち来されたものゝやうにも云うてゐるが、さうでは無く、自分は悉、平安朝の息がかゝつてゐると思ふ。かう言ふのは、祝詞の性質として為方の無い事で、第一、祝詞が我々に訣るといふのは、それが新しいからである。併し全部が、平安朝時代の新作だといふのでは無く、大体平安朝の初め、百年ばかりの間に、今我々が見るやうな風のものに固定したのである。 祝詞は、その時代々々の改作を受けてゐるので、新古入り混つてゐる。昔の人が、その時の気分次第で、文章を変へて行つたのであるから、その文章は継ぎはぎである。今でも、学問の無い人は...
大嘗祭の本義 - 折口 信夫
  • ...秋の祭りといふ。 延喜式の祝詞を見ると、大和の龍田の風神祭祝詞がある。此は、五穀の稔る事を祈り、さて稔ると、斯様々々に出来ました、と言うて、秋祭りをして、五穀を奉るのである。此処の秋祭りといふのは、四季でいふ「秋」ではなくて、新嘗祭といふ意味であつて、農事に関係ある語である。処が、相嘗祭は、龍田風神祭の詞の中には、見えては居ないが、古から無かつたとは見られない。中世から、何かの原因で絶えた、と見るべきである。 祝詞の、秋祭りに就て考へて見ても、新嘗、又は相嘗は、今の暦法上の秋ではない。だが、其を秋祭り、と古くから言うて居る処を見ると、秋に就ての考へ方が、昔と今とでは差異があつたのであらう。...
平将門 - 幸田 露伴
  • ...云へば、古今集だの、延喜式だのの出来た時であるが、其御代の昌泰二年には、都で放火殺人が多くて、四衛府兵をして夜を警(いまし)めしめられ、其三年には上野(かうつけ)に群盗が起り、延喜元年には阪東諸国に盗起り、其三年には前安芸守(さきのあきのかみ)伴忠行は盗の為に殺され、其前後|博奕(ばくち)大に行はれて、五年には逮捕をせねばならぬやうになり、其冬十月には盗賊が飛騨守(ひだのかみ)の藤原|辰忠(ときたゞ)を殺し、六年には鈴鹿山に群盗あり、十五年には上野介(かうづけのすけ)藤原厚載も盗に殺され、十七年には朝に菊宴が開かれたが、世には群盗が充ち、十九年には前(さき)の武蔵の権介(ごんのすけ)源任(みな...
髯籠の話 - 折口 信夫
  • ...ものでは無からうか。延喜式・神道五部書などに見えた輿籠(コシコ)(又は輦籠(コシコ))は、疑ひもなく供へ物を盛つた器で、脚或は口を以て数へられる処から見ると、台の助けを俟たずに、ぢかに据(ス)ゑることの出来るもので、而も甕(ミカ)・壺(ツボ)の様に蓋はなく、上に口をあいてゐたものと思はれる。 処が又、こゝに毛色の変つた一類の籠がある。其は火袁理(ホヲリ)命の目無堅間(マナシカタマ)・熊野大神の八目荒籠(ヤツメノアラコ)・秋山下冰壮夫(アキヤマノシタビヲトコ)の形代(カタシロ)を容れたといふ川島のいくみ竹の荒籠などぼつ/\見えてゐるのが其で、どうやら供物容れが神の在処であつたことを暗示してゐる...
万葉集の解題 - 折口 信夫
  • ...葉集にある。そこには延喜式の祝詞のものよりも、古い形が遺つて居る。つまり寿詞の中に、神の自叙伝、相手の来歴を述べるものがあるので、其が其まゝ展びて叙事詩となつた。――此は、平安朝頃の物語よりも更に古い物語であつて、今の語で言へば、叙事詩である。かうして歴史を語る、尠くとも事実あつたといふ、歴史を語り伝へるものが、寿詞より分れて来る。処が、祝詞の様に、正式な堂々たるものにならず、短いものになつて了うた。即、肝腎の処のみ遺つて、他の部分は捨てたと言ふ如きものがある。此を呪言と言ふ。 即、長い文章の中から、短い部分が脱落して来る。此俤は多少とも、万葉集の中に留めてゐる。      三 ...


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