延宝

 

延宝 ( えんたから )     延宝についてまとめて読む

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2009年11月6日 20:05:04
2010年02月6日 00:41:19
  • 書誌 - EthnoGraphic @ ウィキ - 書誌 記事2を表示記事2を非表示 2010-02-06 00:41 記事の概要:
    氏文藤氏家伝因幡国伊福部臣古志日本帝記類聚国史,菅原道真)古語拾遺,斎部広成)日本霊異記旧事紀(異本含む)先代旧事本紀白河本『旧事紀』延宝本『旧事紀』鷦鷯伝本『旧事紀』上宮聖徳法王帝説異本太子伝上宮皇太子菩薩伝,思託
2010年01月25日 20:40:00
2009年10月29日 18:06:20

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芭蕉雑記 - 芥川 竜之介
  • ...た筈である。)しかし延宝(えんぱう)天和(てんな)の間(かん)の芭蕉は誰でも知つてゐるやうに、「憶老杜(ラウトヲオモフ)、髭風(ヒゲカゼ)ヲ吹(フイ)テ暮秋(ボシウ)歎(タン)ズルハ誰(タ)ガ子(コ)ゾ」「夜着は重し呉天(ごてん)に雪を見るあらん」以下、多数に海彼岸の文学を飜案した作品を残してゐる。いや、そればかりではない。芭蕉は「虚栗(みなしぐり)」(天和三年上梓)の跋(ばつ)の後に「芭蕉洞桃青」と署名してゐる。「芭蕉庵桃青」は必しも海彼岸の文学を聯想せしめる雅号ではない。しかし「芭蕉洞桃青」は「凝烟肌帯緑映日瞼粧紅(ギヨウエンキミドリヲオビヒニエイジテケンクレナヰヲヨソホフ)」の詩中の趣(...
明治十年前後 - 淡島 寒月
  • ...諧師で、三十八の歳|延宝(えんぽう)八年の頃、一日に四千句詠じたことがある。貞享(じょうきょう)元年に二万三千五百句を一日一夜のうちによんだ。これは才麿という人が、一日一万句を江戸でよんだことに対抗したものであった。散文を書いたのは、天和(てんな)二年四十二歳の時で、『一代男』がそれである。  幸い私は西鶴の著書があったので、それを紅葉、露伴、中西梅花(なかにしばいか)(この人は新体詩なるものを最初に創り、『梅花詩集』という本をあらわした記念さるべき人である。後、不幸にも狂人になった)、内田魯庵(うちだろあん)(その頃は花の屋)、石橋忍月(いしばしにんげつ)、依田百川(よだひゃくせん)などの...
絶景万国博覧会 - 小栗 虫太郎
  • ...も、田圃の不動堂が、延宝の昔以来の姿をとどめていた頃の事であるから、数奇(すき)を凝らした尾彦楼の寮でさえも、鳥渡見(ちょっとみ)だけだと、何処からか花鋏の音でも聴えて来そうであって……、如何さま富有な植木屋が朝顔作りとしか、思われない。  その日は三月三日――いやに底冷えがして、いつか雪でも催しそうな空合だった。が、そのような宵節句にお定(き)まりの天候と云うものは、また妙に、人肌や暖(ぬく)もりが恋しくなるものである。まして結綿や唐人髷などに結った娘達が、四五人|雪洞(ぼんぼり)の下に集い寄って、真赤な桜炭の上で手と手が寄り添い、玉かんざしや箱せこの垂れが星のように燦(きら)めいている―...
酒渇記 - 佐藤 垢石
  • ...。台石の蓮花の中に、延宝八庚申正月八日とあるのは、この碑を建てた日である、と※庭(いんてい)雑録に載っている。戸崎町は、私の陋屋(ろうおく)から遠くはない。近く小春日を選んで、祥雲寺に我ら酒徒の大先輩の墓を展し、礼を捧げたいと考えている。  蜀山人の書いた『酒戦記』の事実は、江戸北郊千住宿六丁目に住む中屋六右衛門という人の隠家で、文化十二年霜月二十一日に行なわれた酒合戦の模様を描写したものである。この酒合戦に集まったもの一百余人。中には、狂花(腹立上戸)、病葉(眠り上戸)、酒悲(泣き上戸)、観場害馬(理屈上戸)などもやってくる。席に、宮島盃(一升入り)、万寿無彊盃(一升五合入り)、緑毛亀盃(...
海神に祈る - 田中 貢太郎
  • ...できないので、藩では延宝(えんぽう)五年になって、其の東隣の室津へ新しく港を開設することになり、権兵衛を挙げて普請奉行にしたのであった。  野中兼山の開修した室戸港と云うのは、土佐日記に、「十二日、雨ふらず(略)奈良志津(ならしず)より室戸につきぬ」と在る処(ところ)で、紀貫之(きのつらゆき)が十日あまりも舟がかりした港であるが、後にそれが室戸港の名で呼ばれ、今では津呂港(つろこう)の名で呼ばれている。兼山が其の室戸港を開修した時には、権兵衛は兼山の部下として兼山に代って其の工事監督をしていた。此の権兵衛は、土佐郡(とさぐん)布師田(ぬのしだ)の生れで、もと兼山の小姓であったが、兼山が藩のた...


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