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大菩薩峠 34 白雲の巻 - 中里 介山
  • ...行ったかと見えるほど新しいもので、しかもその絵がまた奇抜であることを認めずにはおられません。  普通、絵馬に描く図柄はきまったようなものですが、この絵馬には、全く異様な般若(はんにゃ)の面(めん)が、ごく拙いものではあるが一つ大きく描いてありました。 「迷信はところがらで致し方がないとしても、社へ納める絵馬に般若を描くやつもなかろうではないか」  そう思って、白雲が見直すと、その署名に、 「清澄村、茂太郎納」 と筆太く記して、その頭へ小さく「仙台大手御門前」と割註(わりちゅう)がしてある。 「はてな――」  田山白雲は、全く別様な頭の働きを、この異様な額面の絵と文字との上...
或阿呆の一生 - 芥川 竜之介
  • ... はもう一度彼の心に新しい力を与へようとした。それは彼の知らずにゐた「東洋的なゲエテ」だつた。彼はあらゆる善悪の彼岸に悠々と立つてゐるゲエテを見、絶望に近い羨ましさを感じた。詩人ゲエテは彼の目には詩人クリストよりも偉大だつた。この詩人の心にはアクロポリスやゴルゴタの外にアラビアの薔薇さへ花をひらいてゐた。若しこの詩人の足あとを辿(たど)る多少の力を持つてゐたらば、――彼はデイヴアンを読み了(をは)り、恐しい感動の静まつた後、しみじみ生活的|宦官(くわんぐわん)に生まれた彼自身を軽蔑せずにはゐられなかつた。      四十六 ※  彼の姉の夫の自殺は俄かに彼を打ちのめした。彼は今度は...
或敵打の話 - 芥川 竜之介
  • ...たむ)けた。それから新しい四基の石塔に順々に水を注いで行った。……  後年|黄檗慧林(おうばくえりん)の会下(えか)に、当時の病み耄けた僧形とよく似寄った老衲子(ろうのうし)がいた。これも順鶴(じゅんかく)と云う僧名(そうみょう)のほかは、何も素性(すじょう)の知れない人物であった。 (大正九年四月) 底本:「芥川龍之介全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1986(昭和61)年12月1日第1刷発行    1996(平成8)年4月1日第8刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房    1971(昭和46)年3月〜1971(昭和46)年11月 入力:...
或日の大石内蔵助 - 芥川 竜之介
  • ...やされていると云う、新しい事実を発見した。そうして、それと共に、彼の胸底を吹いていた春風は、再び幾分の温(ぬく)もりを減却した。勿論彼が背盟の徒のために惜んだのは、単に会話の方向を転じたかったためばかりではない、彼としては、実際彼等の変心を遺憾とも不快とも思っていた。が、彼はそれらの不忠の侍をも、憐みこそすれ、憎いとは思っていない。人情の向背(こうはい)も、世故(せこ)の転変も、つぶさに味って来た彼の眼(まなこ)から見れば、彼等の変心の多くは、自然すぎるほど自然であった。もし真率(しんそつ)と云う語(ことば)が許されるとすれば、気の毒なくらい真率であった。従って、彼は彼等に対しても、終始寛容の...
心中 - 森 鴎外
  • ...安穏寺の住職は東京で新しい教育を受けた、物分りの好い人なので、佐野さんの人柄を見て、うるさく品行を非難するような事をせずに、「君は僧侶(そうりょ)になる柄の人ではないから、今のうちに廃(よ)し給え」と云って、寺を何がなしに逐(お)い出してしまった。そこで佐野さんは、内情を知らない親達が、住職の難癖を附けずに出家を止めるのを聞いて、げにもと思うらしいのに勢を得て、お蝶より先きに東京に出て、或る私立学校に這入(はい)った。お蝶が東京に出たのは、佐野さんの跡を慕って来たのであった。  佐野さんはその後も、度々川桝へお蝶に逢いに来て、一寸話しては帰って行く。お客になって来たことはない。お蝶の親元から...


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