精神史

 

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2010年01月7日 13:20:32
2009年05月25日 19:11:05
  • 掲載記事1989年 - karatanibiblio @ ウィキ - 掲載記事1989年 記事2を表示記事2を非表示 2009-05-25 19:11 記事の概要:
    卓と座談会)、『群像』1989年2月号● 「文庫版へのあとがき」(1989.1.24.記)、『隠喩としての建築』講談社学術文庫、1989.3● 「昭和精神史を検証する」(浅田彰との対談)、『文學界』1989年2月号
2010年01月22日 05:55:00

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悲願に就て ――「文芸」の作品批評に関聯して―― - 坂口 安吾
  • ...これは数十世紀の人間精神史と我々の真実の姿とのあらゆる馴れあいと葛藤を経て、虚妄と真実とがともにその真正の姿を没し去ってしまったところから誕生したものであろうか。自らの実体を掴もうとして真実の光の方へ向おうとすれば真実はもはや向いた方には見当らなくなっていたというような、或いは逆に向き直ったところの自らが、向き直ったときには虚妄の自らに化していたというような、即ちこの悲劇的な精神文化の嫡男が悲願の正体であろうと思う。それ自体を分析しても割りきれる代物ではない。そこには虚妄と真実との全てのカラクリがつくされていて、分析のメス自体がこのカラクリの魔手の中にあるからである。この漠然とした哀愁は畢竟す...
「現代日本小説大系」刊行委員会への希望 - 宮本 百合子
  • ...会の推移を基礎にした精神史のみなおしという決心のもとにすすめられるべき仕事だと思う。目次のゲラをみると、これまでの既成文学史と同様に、写実主義時代、浪漫主義時代、自然主義時代と順を追って、プロレタリア文学、モダニズムとすすんでいる。こういうわけ方は、東京堂出版の「日本文学史」や改造社の「文学全集」でもやったことである。写実主義時代の日本の民主的な文学、浪漫主義時代の作家によってかかれた反戦的な作品は、ここに見当らない。しかし、われわれがこんにちと明日の日本の文学を真すぐにのばしてゆくためには、小田切秀雄著「発禁作品集」、宮武外骨の「筆禍史」をも十分研究した文学史が必要である。写実主義時代といえ...
ゲーテに於ける自然と歴史 - 三木 清
  • ...「真にその名に値する精神史の最上の模範」として評価される。色彩論のこの歴史的部分において彼は、後にディルタイが精神史の目標として意識し且つみづから歴史家として到達しようと企てたところのものを、断片的に、けれど原理的には既に完全に仕遂げたのである。もし彼の歴史的作物をかくの如く価値付けることが正しいならば、ゲーテの歴史に対する関係は積極的に打建てられなければならない。それは外面からでなく、内面から、彼の精神の本性と活動との特質からして理解されねばならぬ。理論でなく業績がゲーテにおいてこのことを要求する。そして単に彼の歴史的伝記的作物の内在的価値からばかりでなく、更に彼の与えた影響の方面からしても...
政治と作家の現実 - 宮本 百合子
  • ...シアの近代には、人類精神史の底石をなすようにベリンスキー、ニェクラーソフ、ドブロリューボフらの文学者があった。ゴーリキイという一九〇〇年代からの民衆の革命史そのもののような作家がある。ジダーノフがその報告のなかで、現代ソヴェト作家が、これらの民主的文学の業績を、健全に発展させるようにと力説していることは、当然の上にも当然である。ソヴェトの社会はその諸現実でレーニン、スターリンの時代と経てきた。スターリンの文体は、その明確さ・簡明さ・溢れる生命力の美で、言語芸術の領域に新時代を画している。第二次大戦中の十月記念日に、メーデーに、スターリンがおくった激励の挨拶の、あの人間らしい暖かい具体性、肺腑に...
文学における今日の日本的なるもの - 宮本 百合子
  • ...るを得なかった。その精神史においてまだ一度も人間らしい人間としての自覚、活動の歓喜を味ったことのない日本の知識人の生活感情の裡には、綿々として尽きず、人間性において成り成らんとする意欲が蠢(うごめ)いている。日本の自然主義作家が、一度は確立された自我に向って振う痛烈な自己の鞭打の精神力をもち得ず、低く日常茶飯事を観照し写実的作用を営むところに定着してしまった(田山花袋)のは、理由ないことではなかった。  明治四十年から十年間に亙る旺盛な文学活動において、夏目漱石は日本文学の上に初めて、自我を批判する目をもった自我の姿を提出した。人間性のひき上げてとしての人間性観察者・批判者としてのインテリゲ...


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