英語学

 

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2010年01月11日 21:41:45
2009年12月11日 12:38:00
2009年12月31日 20:44:00
2009年11月1日 09:56:16
  • メニュー - 英語の勉強部屋 - メニュー 記事4を表示記事4を非表示 2009-11-01 09:56 記事の概要:
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山本有三氏の境地 - 宮本 百合子
  • ...とりなしで上京。正則英語学校予備校に入ったこの時の有三は幾何(きか)というものを知らなかった。それを幾何(いくばく)と読んで友達に笑われた。だが、翌年の秋には、東京中学の五年の二学期の補欠試験に合格している。六高に入った時、「父はじめて喜ぶ」と特記されているのであるが、秋に「父が死去したので、入学を取消し、家事の後始末をするため、荷物を背負って商いをやる。」一九〇八年。「家事整理の傍ら、受験勉強をなし、再び高等学校の入学試験に応ず。学科試験には優良の成績で及第したが、体格検査の時、風邪をひいていたため、病弱修学に堪えざるものとして不合格となる。体格の再検査を願ったが許されなかった。」  一九...
貝殻 - 芥川 竜之介
  • ...持ち、とうとう名高い英語学者になつた。――これは彼の立志譚(りつしだん)である。しかし僕に面白かつたのは彼の留守宅に住んでゐた彼の母親の言葉だつた。 「うちの息子は学問をして日本語はすつかり知り悉(つく)してしまひましたから、今度はわざわざ西洋へ行つて『いろは字引』にない言葉を習つてゐます。」      十四 母と子と  彼は近頃彼の母が芸者だつたことを知るやうになつた。しかも今は彼の母が北京(ペキン)の羊肉胡同(ヤンヨウフウトン)に料理屋を出してゐることも知るやうになつた。彼は商売上の用向きの為に二三日|北京(ペキン)に滞在するのを幸ひ、久しぶりに彼女に会つて見ることにした。 ...
美術学校時代 - 高村 光太郎
  • ...校時代から神田の正則英語学校に通っていたので、英語については自信があった。正則に通うと言っても当時のことゆえ今のように乗物はなく、歩いていれば時間が間に合わない。それで自転車を買って一日中学校を駆け廻って勉強した。僕の家ではもと音楽が禁じられていたので、僕は小学校の時代から唱歌もやらないで通した。それは僕の曾祖父(そうそふ)に当る人が富本の名人であったが、何か悪い人の為に毒薬を飲まされ、全身がふらふらになり、祖父はそのために酷(ひど)い苦しみをしたのである。従って僕の親父もそのため一生涯大変な苦労をした。そんなわけで僕の家では誰に限らず子供の時から音楽は禁じられてしまった。  僕の母なども長...
三筋町界隈 - 斎藤 茂吉
  • ...して正則(せいそく)英語学校に通っていた従弟(いとこ)が、ある日日本橋を歩いていて握鮓(にぎりずし)の屋台に入り、三つばかり食ってから、蝦蟇口(がまぐち)に二銭しかなくて苦しんだ話をしたことがある。その話を聞いて私は一切すしというものを食う気がしなかった。鰻丼(うなどん)なども上等なもてなしの一つで、半分残すのが礼儀のような時代であったところを思うと、養殖が盛になったために吾々(われわれ)はありがたい世に生きているわけである。        六  そのころ奠都(てんと)祭というものがあって式場は多分|日比谷(ひびや)だったようにおもう。紅い袴(はかま)を穿(は)いた少女の一群を見て...
ヰタ・セクスアリス - 森 鴎外
  • ...を廃(や)めて、東京英語学校にはいった。これは文部省の学制が代ったのと、僕が哲学を遣りたいというので、お父様にねだったとの為めである。東京へ出てから少しの間独逸語を遣ったのを無駄骨を折ったように思ったが、後になってから大分|益(やく)に立った。  僕は寄宿舎ずまいになった。生徒は十六七位なのが極若いので、多くは二十代である。服装は殆(ほとん)ど皆小倉の袴(はかま)に紺足袋である。袖は肩の辺までたくし上げていないと、惰弱だといわれる。  寄宿舎には貸本屋の出入が許してある。僕は貸本屋の常得意であった。馬琴(ばきん)を読む。京伝を読む。人が春水を借りて読んでいるので、又借をして読むこともある。...


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