遠江国

 

遠江国 ( とおとうみくに )     遠江国についてまとめて読む

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2009年10月18日 01:16:11
  • 東海 - 戦極姫 ~戦乱の世に焔立つ~@攻略 wiki - 東海 記事1を表示記事1を非表示 2009-10-18 01:16 記事の概要:
    (wiki作者より)※御宿 正友は御宿 政友ではないかと思います。(15)遠江国力  最大石高  28.0万石  最大町規模 55  武将    16名勢力         ※( )内は
2010年01月25日 20:40:00

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日本天変地異記 - 田中 貢太郎
  • ...。霊亀元年五月には、遠江国に大地震があって、山が崩れて※玉河を壅いだが、続いてそれが決潰したので、敷智、長下、石田の三郡の民家百七十余区を没した。天平六年四月には、畿内七道皆地震がし、同じく十七年四月には、美濃、摂津両国に地震があった。この両国の地震は美濃がひどく、多く人家を壊ったが、これは明治二十七年の濃尾の地震を思い合わせるものがある。天平宝字六年五月になって、また美濃をはじめ、飛騨、信濃の諸国に地震があった。天平神護二年六月には、大隅国神造新島、弘仁九年七月には、相模、武蔵、下総、常陸、上野、下野の諸国、天長七年一月には、出羽に地震があった。その他、三河、丹波、伊豆、信濃、出羽、越中、越...
阿部一族 - 森 鴎外
  • ...である。江戸参勤中で遠江国(とおとうみのくに)浜松まで帰ったが、訃音(ふいん)を聞いて引き返した。光貞はのち名を光尚(みつひさ)と改めた。二男|鶴千代(つるちよ)は小さいときから立田山の泰勝寺(たいしょうじ)にやってある。京都妙心寺出身の大淵和尚(たいえんおしょう)の弟子になって宗玄といっている。三男松之助は細川家に旧縁のある長岡氏に養われている。四男勝千代は家臣南条|大膳(だいぜん)の養子になっている。女子は二人ある。長女|藤姫(ふじひめ)は松平|周防守(すおうのかみ)忠弘(ただひろ)の奥方になっている。二女竹姫はのちに有吉(ありよし)頼母(たのも)英長(ひでなが)の妻になる人である。弟には...
佐橋甚五郎 - 森 鴎外
  • ...ばん)に籠(こ)めた遠江国榛原郡小山(とおとうみのくにはいばらごおりこやま)の城で、月見の宴(えん)が催(もよお)されている。大兵肥満(たいひょうひまん)の甘利は大盃(たいはい)を続けざまに干して、若侍(わかざむらい)どもにさまざまの芸をさせている。 「三河の水の勢いも 小山が堰(せ)けばつい折れる。 凄(すさま)じいのは音ばかり」 こんな歌を歌って一座はどよめく。そのうち夜がふけたので、甘利は大勢に暇(いとま)をやって、あとには新参の若衆(わかしゅ)一人を留めておいた。 「ああ。騒(さわ)がしい奴(やつ)らであったぞ。月のおもしろさはこれからじゃ。また笛(ふえ)でも吹(ふ)いて聞か...


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