錦帯橋

 

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2009年10月16日 19:15:53
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顎十郎捕物帳 19 両国の大鯨 - 久生 十蘭
  • 顎十郎捕物帳 両国の大鯨 久生十蘭
断橋奇聞 - 田中 貢太郎
  • ...一つは断橋で、一つは錦帯橋(きんたいきょう)であるが、この物語に関係のあるのは、その第一橋で、そこには聖祖帝の筆になった有名な断橋残雪の碑がある。  元の至正年間のこと、姑蘇(こそ)、即ち今の蘇州に文世高(ぶんせいこう)という秀才があったが、元朝では儒者を軽んじて重用しないので、気概のある者は山林に隠れるか、詞曲に遊ぶかして、官海に入ることを好まないふうがあった。世高もその風習に感化せられて、功名の念がすくなく、詩酒の情が濃(こまや)かであった。  その時世高は二十歳を過ぎたばかりであったが、佳麗な西湖の風景を慕うて、杭州へ来て銭塘門(せんとうもん)の外になった昭慶寺の前へ家を借り...
護持院原の敵討 - 森 鴎外
  • ...づみ)を経て、岩国の錦帯橋へ出た。そこを三日捜して、舟で安芸国(あきのくに)宮島へ渡った。広島に八日いて、備後国(びんごのくに)に入り、尾の道、鞆(とも)に十七日、福山に二日いた。それから備前国岡山を経て、九郎右衛門の見舞|旁(かたがた)姫路に立ち寄った。  宇平、文吉が姫路の稲田屋で九郎右衛門と再会したのは、天保六年|乙未(きのとひつじ)の歳正月二十日であった。丁度その時|広岸(こうがん)(広峯)山(ざん)の神主(かんぬし)谷口某と云うものが、怪しい非人の事を知らせてくれたので、九郎右衛門が文吉を見せに遣った。非人は石見産(いわみうまれ)だと云っていた。人に怪まれるのは脇差を持っていたから...

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