行部

 

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2009年11月22日 21:36:04
2009年11月27日 15:31:11
2009年11月22日 22:46:11
2009年11月22日 23:16:05
2009年11月13日 11:10:59
  • 松葉会 - 名鑑Ⅲ - 松葉会 記事5を表示記事5を非表示 2009-11-13 11:10 記事の概要:
    松葉会六代目会長・藤友連合会最高顧問・北関東大久保一家十一代目総長 荻野義朗                  北関東大久保一家執行部・荻野連合会長補佐・伴内三代目 三上昌一   

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海野十三敗戦日記 - 海野 十三
  • ...主として房総方面の飛行部隊や軍事施設を攻撃し始めた。子供たちは敵機を見たというが、私は遂に見ずじまい。  午後五時迄に四度空襲警報が出て、四度とけた。しかし警戒警報は夜に入るもとけず。  帝都に入ったのは三、四編隊にすぎなかったが、わが地上火器は盛んに射った。あんなに射って弾丸がなくなりはしまいかと思う位に。 ◯情報で伝えられた編隊の数は約三十であった。それで五百機位とにらんだが、発表は一千機内外ということであった。 ◯房総、ヨコスカ、茨城の飛行場や軍事施設に対しては相当長時間攻撃した。本土上陸の企図か? 小笠原のどこかへ上陸の前提か? ◯発表によると敵機動部隊は十数隻の空母によるも...
三人の双生児 - 海野 十三
  • ...のは蛭間(ひるま)興行部の銀平という親分でしたが、僕は祭礼に集ってくる人たちから大人五銭、小人二銭の木戸をとった代償として、青いカーバイト灯の光の下に、海底と見せた土間の上でのたうちまわり、自分でもゾッとするような『海盤車娘』の踊りや、見せたくない素肌を曝(さら)したり、ときにはお景物(まけ)に濁酒(どぶろく)くさい村の若者に身体を触らせたりしていました。もちろん見物の衆は、僕のことを女だと思っていたのです。本当は僕は立派に男なんです。けれど生れつき血の気のないむっちりとした肉体や、それから親分の云いつけでワザと女の子のように伸ばしていた房々した頭髪などが、僕を娘に見せていたのでしょう」 「...
勧善懲悪 - 織田 作之助
  • ...もとより小資本で、発行部数も僅か三百、初号から三号までは、無料で配り、四号目には、もう印刷屋への払いが出来なかった。のみならず、いかに門前の俥夫だったとはいえ、殆んど無学文盲の丹造の独力では、記事の体裁も成りがたくて、広告もとれず、たちまち経営難に陥った。そこを助けたのが、丹造今日の大を成すに与って力のあった古座谷(こざたに)某である。古座谷はかつて最高学府に学び、上海(シャンハイ)にも遊び、筆硯(ひっけん)を以って生活をしたこともある人物で、当時は土佐堀の某所でささやかな印刷業を営んでいた……。  まず無難な書き方だ。あとでどう辛辣(しんらつ)に変ろうとも、また、そうでなくては「あばく」こ...
後日譚 - 岸田 国士
  • ...た。石家荘で旧友の飛行部隊長を訪ねたことは「北支物情」のなかへも書いたが、その後、大佐から端書が来て、それにはこんなことが書いてあつた。 「……部下のものがみせてくれたので文芸春秋を読んだ。よく細かなことを覚えてゐるものだと感心した。その節、ステツキを忘れやしなかつたか。多分君のだらうといふことになり、ちやんと本部に保管してあるが、送るのも厄介だし、どうしたものであらう」  云はれてみれば、出発間際に登山用の先に尖つた金具のついたアツシユのステツキを買ひ込み、軍刀代りについて行つたのを、何処かへ置き忘れて来てしまつたので、これもあちらで道づれになつた「志士」堀内鉄洲氏から異国風の珍しい仕込...
本の装釘 - 木下 杢太郎
  • ...校正をしてくれた。発行部数は少く、其半ばは発行書肆に於て大震災で焼け失せた。島木君は古典に親しむ者であつたから、わたくしがわざと匹田(しつた)と下町風の称呼で振仮名をしたのを、匹田(ひきだ)と直したりなどした処もあつた。その集の装釘は小糸源太郎君に頼んで、唐桟模様にして貰つた。それは江戸趣味に直したエス・フイツシヤア本であつた。  同じモチイフは「木下杢太郎詩集」では成功しなかつた。  與謝野寛・與謝野晶子両詩宗は既に歴史のうちの名となつた。わたくしは今考へて、其新詩社に通つた頃と其あとの数年ほど楽しかつた時は無いと思ふ。まだ富士見町に住んで居られる時、晶子夫人から本の装釘を頼まれた。...

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